AI駆動開発とソフトウェア設計を、認知作業の外部化と答え責任の観点から考えます。
AI駆動開発とソフトウェア設計を、認知作業の外部化と答え責任の観点から考えます。
生成AIで定型的な実装が圧縮される一方、ジュニアに最上流への飛び級を求めても、長年の判断経験までは短期間で得られない。テスト、運用、システム理解、プロセス改善を、品質を引き受ける経験として捉え直す。
AIでコードがすぐ出るようになると、若手にも早く設計を任せたくなる。それは成長が早まったことではなく、慣れる前に任されていることがある。任せてよいのは、出てきた案を自分で説明できるときである。
AI活用で増幅器は、人間の能力を伸ばす肯定語として使われやすい。同じ装置は、読めて検証して採否できるときは足場の隣にあり、それが無いときは誤りの増幅器になる。問題は増幅そのものではなく、入力の質である。
PCとスマホの普及で、日本語は手で漢字を書けなくても、正しく読めれば入力できるようになった。AI利用も同じで、残るのは生成ではなく採否である。ただし候補が辞書に閉じない点で、読む力の中身はむしろ重くなる。
ソフトウェア開発のDDD、TDD、仕様ギャップ分析、不変条件監査を、AIと行う研究・文献調査・論文執筆へ移植したオープンソースプロジェクトを紹介する。
作業用の文書を機械が追いやすい形に揃えたい願いは、現場の負担から出やすい。それを個人の書き方の巧拙にすると、形式が職能の門番になる。見るべきなのは記法ではなく、誰が答えられるかである。
生成AIによって言語の学習コストが下がる一方、型・テスト・ツールチェーンによる検証可能性はむしろ重要になる。AI時代のプログラミング言語選択を、認知作業の外部化と答え責任から考える。